16日の昼の部を見てきました。でもなかなか感想が書けなくて、正直言って困っていました。なぜ感想が書けないのか。心に残るものがないのです。原作の『十二夜』そのものがシェークスピア作品の中では軽いタッチのものだった記憶があるのですが、それにしてもこの空虚感は一体何なのでしょう?
菊之助くんはきれいだったし、見事に二役をこなしていました。
またこの作品はシェークスピアをちゃんと歌舞伎にしていました。でも、ただそれだけ、という気がしないわけではありません。
冒頭から船が難破するあたりまでは、私はひたすらスーパー歌舞伎を思い出していました。松竹座は歌舞伎座よりも随分狭いのでしょうね。冒頭の楽隊と錦之助さんの位置が近すぎる気がしました。音がセリフとかぶると、3階からは少し聞こえづらく感じる時がありました。
それよりも錦之助さんの左大臣。衣裳といい、セリフといい、『カグヤ』の帝かと間違えるかのような姿でした。私は信二郎時代の錦之助さんが参加されていた頃のスーパー歌舞伎の舞台は見ていないのですが、松竹座で初めて見たスーパー歌舞伎は『カグヤ』でした。その舞台を思い出してしまった…
その後には船のシーンと菊之助さんと段四郎さん。「おもだかや」のかけ声がかかる中で、私は「段四郎さんは、スーパー歌舞伎ならもっと良い役をもらえていたのに、今の位置に満足されているのだろうか。それとも亀治郎さんに道を残すために敢えて歌舞伎界の主流の方に戻られたのだろうか」とか、あれこれ思いを巡らせていました。そして早変わり(私が見た中では『ヤマトタケル』)に女性が男性を演じるという趣向(『新三国志Ⅰ』)。最後は船の難破シーン(『ヤマトタケル』)。私は『八犬伝』はこの目では見ていないのですが、鏡を使うのも『八犬伝』でやっていたそうですし、これでスーパー歌舞伎を思い出すなという方が酷というものでしょう。ここまでかぶっていると、あえて意図的にやっているんじゃないかと勘ぐったりもしました。
*次のシーンはたしか亀治郎さんの麻阿が登場する場面だったと思いますが、このシーンでも背景は鏡でした。全体的に背景に鏡を使いすぎで、三階からでも目がちかちかしてきました。1階のお客さんはもっとちかちかしなかったのだろうかとちょっと心配しました。なんでもメリハリが必要でしょうね。普段歌舞伎を見慣れた日本の観客には、新鮮かも知れないけど、ロンドンの観客にはもっと純粋な歌舞伎のセットに近いセットを使った場面があった方が良かったのではないかと思いました。
*菊之助くんをめぐる話と菊五郎さんをめぐる話の二つの軸のバランスがうまくとれてなくて、どちらも中途半端な描き方になってはいないでしょうか? 織笛姫の恋心よりも麻阿の意地悪さの方が印象に残っているというのは、時間配分に問題があるのではないかと思います。織笛姫のくどきの場面を作ってもいいのでは? ラブコメディのはずなのですが、その部分をしっかり描いていないように思いました。
*休憩が終わってすぐの場面。獅子丸が左大臣の前で踊りを披露する場面があります。やりたいことはわかるのですが、なぜ獅子丸が突然女性の姿(阿国のような姿)をして左大臣の前で踊っているのか、不可解でした。ここでの踊りは、小姓の姿か女性ならお能の衣裳っぽいものでやるべきだと思います。私は原作を忘れてしまったのですが、ここで獅子丸が女性の扮装をするのはおかしいと思いました。
*この日は、菊五郎さんの坊大夫のセリフが前のシーンとかみ合わない部分が数カ所見受けられました。間違っておっしゃったようには聞こえなかったので、原作がそうなのか、その間にカットしたシーンがあるのかわかりませんが、変に聞こえました。
【個別の感想】
*私は時蔵さんが好きなので、滅多に関西に来られない時蔵さんが今回松竹座で見れて、とてもうれしかったです。でも最初に出てきたときの打掛みたいなものの、えんじ色というか茶色の色はなんとかできなかったのだろうかと思いました。下の赤い着物と合っていないし、時蔵さんと菊之助さんの年齢差がわかってしまって、もったいない。
*松也くん、かわいかった。
*後ろのかけ声のおじさんたち。うるさかった。
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