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6月 25, 2009

シネマ歌舞伎特別篇昆劇『牡丹亭』感想 その2

なるべく、シネマ歌舞伎特別篇昆劇『牡丹亭』を御覧になってから、お読みください。

【シネマ歌舞伎特別篇『牡丹亭』と南座『牡丹亭』との違い】

思えば、去年の京都南座での公演から、もう1年以上経つのですね。関東の人には申し訳ないのですが、京都出身の私にとって、この『牡丹亭』が東京ではなく、京都で初演されることを、まるで天意のように感じ取って、雷に打たれたような衝撃を持ったことを覚えています。

私は初日と千秋楽の2回は見たかったので、いずれも3階席を取ったのですが、今にして思えば、やはり一階席から見ておくべきでした。

シネマ歌舞伎特別篇(以下「シネマ」と略)と、南座の『牡丹亭』の違いは幾つかありますが、一番の違いは、「シネマ」には南座全体に漂っていた、中国明代の爛熟した文学の雰囲気を感じさせる「匂い立つもの」が感じられないことだと思います。

「シネマ」はかなりの映像、特に玉三郎さんが唱っている部分を、実際の上演された日の映像ではなく、次の日に別取りした映像を使っているので、臨場感に乏しいこと(これは中国の観客のマナーを考えると仕方ないことだとは思いますが)を差し引いても、まだ何か足りない気がします。

NHKで放送された南座の舞台を見ても、実際の舞台ほどではありませんが、やはり「匂い立つもの」を少しは感じ取ることはできます。南座という劇場の持つ雰囲気、舞台セットの違い、などあるのかもしれませんが、この違いはどこから来るのでしょうか?

今になって思えば、ひょっとして一番の違いは玉三郎さんがホームグランドである日本の京都で演じているのと、完全なアウエーである中国の蘇州で演じているのかという違いがあるのかもしれません。玉三郎さんご自身の精神的な余裕が蘇州ではやはり南座ほどはなかったのかしれません。

こういう贅沢な不満を漏らすのは、南座の舞台を御覧になっていない方には、申し訳ないのですが…

【柳夢梅の俳優について】

中国の玉三郎さんファンとチャットしていて、蘇州公演を実際に見た彼女が「俞玖林が玉三郎さんと全然釣り合っていない、もっとベテランの俳優が演じるべきだ」と言っていて、私は初めて相手役のことを考え始めました。「こんなものかな」とあまり気にとめていなかったのですが、確かにキャリアの浅い俞玖林では釣り合っていないですよね。「驚夢」の場面でも、墓を掘り起こして再会する場面でも、エスコートしている感じはあっても恋人同士という空気が全く感じられませんね。青春版ではどう演じているのか、チェックしなくては… 

以前ここに貼り付けた張軍+市川笑也「新驚夢」では張軍さんは、もう少しはそれらしく演じていましたので、興味のある方は確かめてみて下さい。

もっとベテランの方だと身長は玉三郎さんよりも高くはないかもしれないので、身長と年齢の問題をクリアするには、有名どころでは張軍さんぐらいしか思いつきませんねぇ。ただちょっと今風にすぎるかもしれませんが。もっとも上海昆劇院の人ですが……

【おまけ-中国メディアの対応】

北京公演の時と違い、蘇州公演では会場が大きかったこともあり、蘇州日報や人民ネット(人民日報のインターネット版)など、中国メディアに対する対応(宣伝)もされたようで、それが功を奏してか、中国国内での扱いが全く異なりました。松竹のシネマ歌舞伎のサイトで、蘇州日報の記事が載ってますが、蘇州日報は協賛紙なので、蘇州日報の記事は宣伝だと思って下さい。

北京公演の時はメディアはオリンピック一色だったところにあの大地震です。仕方ありません。ただ北京公演そのものを見に行った人は少なくても、北京公演の噂はネットを通じてかなり流れていました。また共演した劉錚さんのドキュメンタリー番組や、董飛さんのインタビュー番組なども作られるなど、北京公演が終わってから、注目されていました。北京公演がなければ蘇州公演がこれだけ注目されることもありませんでした。

【三人の杜麗娘と一人の杜麗娘】

南座では董飛さんと劉錚さんが、玉三郎さんと一緒に分担して杜麗娘を演じていました。私は南座の舞台を見ているとき、どこかこの二人に「頑張れ」と心の中で声援を送っていたような気がします。宝塚のバウホールと大ホールの違いというか、若手の俳優さんを応援する気持ちというのは、円熟した俳優さんの舞台を見るのとはまた違った良さがあります。「シネマ」にはその、あぶなっかしい感じがない代わりに、応援する楽しみもなくなってしまいました。玉三郎さんはとっても頑張っておられるのですが、またそれは全然違う感情です。

うまく言えませんが、結局実際の舞台の方がいいという当たり前のことを言っているような気がします。

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「玉三郎中国昆劇合同公演『牡丹亭』」カテゴリの記事

コメント

紅娘さん、こんばんは♪
私もシネマ歌舞伎を見てきました☆

>うまく言えませんが、結局実際の舞台の方がいいという当たり前のことを言っているような気がします。

同感です。会場の持つ磁場というか雰囲気も大いにあるかも。ただ、映画になることで、沢山の人に『牡丹亭』の世界、玉三郎さんの思いを少しでも知ってもらえた事は良かったと思います。

上海では、どの会場で上演されるのかしら?伝統的な専用劇場があるのでしょうか?是非観に行きたいものです♪

投稿: あら | 6月 30, 2009 11:03 午後

あらさん、こんにちは!

昨年の牡丹亭公演のえもいわれぬ空気には、やはり南座という劇場の持つ雰囲気が、多分に影響していたのでしょうね。

上海公演の会場は、収容人数の関係でおそらく一般の形式の劇場になるのではないかと思われます。湖広会館のような劇場では人数が少ないのでチケットが相対的に高くなるんです。蘇州公演が大成功を収めたので、その噂を聞きつけた人達が中国全土、また海外からも大挙する可能性もあるので、会場は大きくなるのではないでしょうか。

投稿: 紅娘 | 7月 01, 2009 02:36 午後

シネマ歌舞伎 見てきました。

私は歌舞伎も昆劇も素人(ファンとして)なので、こちらの内容、非常に参考になります。
(舞台も見てませんし)

私の場合 NHKBSでのドキュメンタリー+南座放映との比較になりますが、
素人なりに思ったのは、やはり観客無しの映像の部分が臨場感がなく、しかも途中がカットされているのが残念な気がします。
ドキュメンタリーの部分も中途半端になってしまった感がありました。
両方を映画にするには時間制限があり仕方ないのですが。


個人的にはこれからも玉三郎さんの挑戦は続くとおもうので、映画でもテレビのドキュメントでも、DVD用のメーキング映像用でも用途はなんでもよいので、引き続き玉三郎さんの昆劇を記録し続けてほしいと思いました。
きっとまだまだ挑戦(上手く言えませんが、まだ途中段階かと思うので)されるはずなので、ここで記録が止まってしまうのはもったいない気がします。映像なら見る機会が広がるので助かります。

スイマセン、余談でかなりそれますがこんな本ありました
■能楽と崑曲 : 日本と中国の古典演劇をたのしむ
赤松紀彦, 小松謙, 山崎福之編
東京 : 汲古書院, 2009.3.30 2500円+税

私のような素人にとっては凄く参考になりましたので、こんな形ですが書いておきます。

投稿: @youco | 7月 09, 2009 12:19 午前

@youcoさん、こんにちは! 感想ありがとうございます。

おっしゃる通り、今の段階で記録に残してしまうよりは、もう少し他の幕もされるようになってから記録に残した方が良かったのではないかとも思いましたが、中国側の状況がいつ、どのように変わるかわかりませんし、今後中国公演が実現できるかどうかも100%の保証はないわけですから、実現できた段階で記録に残しておくという考えも納得できます。

ご紹介いただいた本は出ていたことは知っていますが、まだ手に取ったことはありません。

ちなみに「昆曲」の「昆」はここでは「崑」の簡体字として使われているようで、台湾では「崑曲」と表記されることが多いです。日本の研究者も「崑曲」と書く場合と「昆曲」と書く場合と両パターンがあります。「京劇」も日本の一部の専門家の間では「ケイゲキ」と発音すべきだという意見があると聞いたことがありますが…

私もどちらで表記しようか迷うのですが、大陸では「昆曲」であれ「昆劇」であれ、すでに「昆」の字で統一されていますし、昆曲発祥の地も「昆山」と表記されますので、その現状から「昆」の字で書いています。ちなみに中国語では「曲」と「劇」は発音が似ているので、中国人は両者を区別せずに使っています。
以前にも書いたかもしれませんが、「昆劇」というのは人民中国になってから一般的になった言い方で、今の中国でも上海昆劇院、江蘇省昆劇院、江蘇省蘇州昆劇院(この両者は別の劇団)などの南方の昆曲の劇団名に使われ、劇種としての呼称は普通「昆曲」を使います。玉三郎さんの牡丹亭も中国では「中日版昆曲牡丹亭」です。映画のチケットに中国でのチケットが印刷されていましたので、確かめていただけます。松竹サイドでは劇団名に合わせて昆劇という呼称を使っているので、同じ劇種がずれてしまい、その結果、日本では「昆曲」「崑曲」に加えて、「昆劇」という三種類の呼び名が広まってしまうような気がします…

投稿: 紅娘 | 7月 09, 2009 12:31 午後

やはりそうだったのですね。

「昆曲」「崑曲」「昆劇」と表記が割れてしまっていたのですね。そのため検索などしても書籍がなかなか見つけられなかったみたいです。
(私は「昆劇」で調べてました・・・)

まだまだ勉強が足りませんね。(足りる日が来るとも思えませんが)
今後もときどきお邪魔して勉強させていただきますね。
ちょっとズレたコメントになってもお許しください。


例の本、私は図書館で読みました。
薄いわりに値段が・・・。張継青さんのインタビューと
簡単なあらましがよかったです。(ちょっとなんですけどね)本当に一行ですが玉三郎さんの公演にも触れていましたよ。

投稿: @youco | 7月 11, 2009 04:06 午後

昆曲に関する本を検索するのは本当に難しいですね。検索するなら「中国演劇」で根気よく探してみるのが良いかと思います。
中国伝統劇に関する書籍はなるべく左横の欄で紹介するようにしていますが、今の舞台を楽しみたい観客の鑑賞の手引きのような日本語の本は無きに等しい状態です。

張継青の舞台に関するものですと、十年ぐらい前の本に伊藤茂著『上海の舞台』があります。この本は非常にマニアックで、当時の中国の舞台の雰囲気を書くことに重きを置いた本で、あと著者が張継青の舞台に如何に惚れているかがよく伝わってきて、私がここのブログで張建国さんの舞台への愛を書きつづっているのとどこか似ています。(私はこの本で張継青という人がすごい女優さんなんだということを知りました。)
それはそれで良いのですが、21世紀の中国の舞台は当時とは随分変化していますし、中国伝統劇に関する知識を得たい人が読むには相応しくないと私は思いますが、図書館にある場合は手にとって御覧になってもいいかと思います。

投稿: 紅娘 | 7月 12, 2009 05:01 午後


紅娘さま はじめまして。
私もシネマの牡丹亭を拝見しました。
やはり離魂が圧巻で、杜麗娘の内面世界にぐいぐい引き込まれて
毎回(3回拝見)涙していました。
私は南座で拝見した時よりも、杜麗娘という女性の生気が
より感じられて、あ〜こういう女性だったんだな、
という実感がありました。
それゆえ、ちょっと疑問に感じた点がありました。
そこで紅娘さまに質問なのですが、
離魂の杜麗娘の最初の台詞「人間何物以情濃」を、シネマでは、
「世の中に恋心より濃いものがあろううものか」となっていて、
杜麗娘が「恋心」という言葉を話すことに違和感があり、
意味はとても理解できるのですが、???となっていたんです。
で、うちでもう一度、NHKで放送された南座の離魂の場面を
観ていましたら、同じ台詞の訳が「世の中に情より濃いものがあろううものか」となっていて、こちらのほうがピタッときて、杜麗娘らしい言葉だなと、思いました。実際、中国語の意味としては、この「情」一言で、どんなことを表現しているのでしょうか、、、、
それが気になってしまって。
ぶしつけな質問ですみませんが、
お答えいただけましたら嬉しいです!

投稿: まり | 7月 27, 2009 11:05 午前

まりさん、はじめまして!

ご質問ですが、“情”というのは中国古典劇の中では多く「男女の愛情」の意味で使われます。私も南座の字幕と映画では訳文が少し違うなと感じてはいたのですが、具体的なところまでは気づきませんでした。ご指摘の箇所は「情」よりも「恋心」と訳す方が、今の中国古典劇の実践や研究で解釈されている形に即した訳だと思いますが、私は「恋」または「愛情」の方が良いのではないかと、(今の段階の思いつきですが)思います。

実は『牡丹亭』の作者湯顕祖は、『牡丹亭』の中で“真情”とは何かを描きたかったということを書き残しています。ここで言う“真情”とは今の言葉で言えば「真実の愛」という意味に解せると思います。当時の中国のホワイトカラー層は、子どもの頃に、早い時はお腹の中にいる時から親によって結婚が決められており、『牡丹亭』のような、現在の私達が言う「恋愛」というものは、少なくとも文字が読める人の間には存在しませんでした。そのような状況の中での杜麗娘の「恋愛」は、湯顕祖が真実の愛とは何かと発した私達へのメッセージなのです。

投稿: 紅娘 | 7月 27, 2009 09:18 午後


紅娘さま、ありがとうございました!

なるほど、中国古典劇での「情」とは、「男女の愛情」という
意味なのですね。私も、杜麗娘の言葉としては、「愛情」や
「人を思う心(ちょっと長い)」などが良いなあ、と思っていました。シネマもNHKも同じ訳者(波多野さん)でいらしゃいますが、
メディアによって訳を変えられたということなのでしょうかね。

『牡丹亭』の作者湯顕祖さんの「真情」のお話、とても興味深く
拝見しました。あらためて、制約だらけの当時の中国の女性、
杜麗娘の恋の重さに思いを馳せました。
知れば知るほど、「牡丹亭」の世界に引き込まれます〜。
どうもありがとうございました!!!

投稿: まり | 7月 28, 2009 09:24 午前

文学性の高い『牡丹亭』の日本語訳には大変苦心されたのではと推察しますが、今回の『牡丹亭』の訳は、昨今の中国伝統劇の来日公演の中では、ずば抜けてレベルの高い訳だと思います。さすがです。

『牡丹亭』はこのように、中国文学史、中国古典演劇史(専門的には中国戯曲史と言いますが)の中でも重要な位置を占めていますが、特に日本の中国文学研究の中で演劇史はマイナーな分野なので、日本ではあまり知られていません。玉三郎さんの牡丹亭京都公演やシネマ歌舞伎特別編公演の際に、こうした文学史的な側面の解説があっても良かったのではと少し残念に思っています。

投稿: 紅娘 | 7月 28, 2009 01:47 午後

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