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2009年3月の記事

3月 29, 2009

天津青年京劇団来日公演 京劇「覇王別姫~漢楚の戦い~」のHP

うっかりしてましたが、6月の天津青年団の来日公演のHPが出来ていました。

↓いつもの日経のHP↓

http://www.nikkei-events.jp/concert/con090604.html

↓とうとうできた楽戯舎のHP↓happy01

http://www.rakugi.net/index.html

これによりますと、それまで発表されていた主役の虞美人役の趙秀君、項羽役の孟広禄、王立軍の他に天津青年団のスター俳優である張克、石暁亮なども出演するそうです。これは見に行かねば! 

老生が気になる私としては、最近調子の悪いことが多いと評判の張克が気になるところです。彼が来ないかどうかは気になっていたので、来るとわかって、やっぱりチケットを買おうかと思い直しました。

実は3月7日と8日の夜に、国家大劇院で行われた天津青年団の北京公演を見に行きました。玉三郎さんの記事に一生懸命になるあまり、劉錚さんの舞台以外の感想は全然かけていませんが、国家大劇院はカメラを劇場内に持ち込むことが禁止されているので、写真が取れずにあまり良いレポートが出来ませんが、来日公演にかかわる情報だけ。

*7日の孟広禄は相変わらず、めいいっぱい唱っていました。短いお芝居でしたが、なかなか良かったです。日本でもめいいっぱい唱うかどうか気になります。

*8日の趙秀君主演の『西廂記』は、葉少蘭をゲストに招くなど、気合いの入った舞台でしたが、私が一番印象に残ったのが演奏でした。音が非常に美しく、普段、京劇の音楽にあまり関心がない私でも、聞いていて惚れ惚れしました。
そして6月の来日公演にはその時の琴師さん(京胡を演奏される方)が来日されるそうです!! 普通俳優さんと琴師さんはセットなので、あの方の演奏が日本でも聞けたらうれしいなと思っていたのですが、楽戯舎のHPに情報がありました。いやぁ、楽しみですねぇ。



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3月 28, 2009

中国の方の玉三郎さん『牡丹亭』蘇州公演の感想(日本語訳)

この記事は中国のブロガー「浅斟低唱」さんのブログの文章を、「浅斟低唱」さんの了承を得て、日本語に訳したものです。「浅斟低唱」さん、ありがとうございました。

原文は以下のページにあります。

http://blog.sina.com.cn/s/blog_497eb3610100c4m3.html

远观近觑皆俨然——再说《牡丹亭》(2009-03-22 19:43:26)(←原題)

「遠くより眺めても近くより見ても皆儼然たり-再び『牡丹亭』を語る」

(注:「儼然」というのは「彷彿とさせる」という意味で、『牡丹亭』「驚夢」で柳夢梅が杜麗娘の夢の中に現れた時に、彼女に向かって「どこかで会ったことがあるような」というセリフがありますが、その時に使われる言葉です)

まず、話の「まくら」に少し…
“3・15”運動をメディアのウソや大げさな話、空ごとも、偽物一掃の範囲に入れるよう、強く呼びかけます! (注:中国では最近3月15日を「消費者の権利を守る日」として、商品の劣悪品や偽物を告発したりして消費者の権利を守ろうという運動が行われるようになっている。)
この数日、メディアの報道を少し気に掛けていたのだが、全く泣くに泣けないような有様。「生粋の蘇州語のセリフ」とか、「純正な昆曲の唱の節回し」云々。個人的な体感では、生粋でないセリフや唱の節回しも、坂東玉三郎の魅力を全く損なわないのだ!

本当のことを言うと、坂東玉三郎の喉は通常の女性役のように鳥のさえずるような声ではない。うちの娘の言葉を借りれば「高音が良く通っていて、程派(京劇の流派)を習うのに相応しい」ような声。顔の表情は「豊か」ではなく、仕草も変化に乏しい。彼の演技は明らかに歌舞伎の芸の痕跡を帯びている。しかし幕が開いたその時から、遠くから眺めようが近くから見ようが、観客の目の前に現れた彼は、明らかに杜麗娘そのものであった。

杜麗娘は高級官僚の家に生まれ、父は政務に追われ、母は仏心厚く、彼女は家のしつけや道徳観念によって、深窓に閉じこめられ、本を読むのでなければ刺繍をするという、“原来姹紫嫣红開遍,似这般都付于断井颓垣......”,

(注:「游園」の一節、本当は花盛りだと思っていた庭園が荒れ果てているという意味で、庭を妙齢の杜麗娘に喩えている)

正に妙齢の少女が、“関関雎鸠,在河之舟;窈窕淑女,君子好逑......” に引きつけられて、景色に触れて情を生じた。

(注:『詩経』の一節で、君子はみめ麗しき女性と結婚するという件で、昔の中国では女性が読むべき古典として位置づけられていた。『牡丹亭』では「游園」の前に杜麗娘が家庭教師からこの一節を学ぶ一幕があり、そのことが、杜麗娘が自分も夫が欲しいと思うきっかけになっている)

春の景色を目の前にして、自然と彼女は、体一杯の愁い、渇望が溢れんばかりになった。坂東玉三郎は、登場人物の、「游園」の時の傷春の感慨や、「驚夢」の時の、話したいけれども声に出せない恥ずかしさ……などを適切にかつ鮮やかに表現する。振り返って微笑み、体の向きを変える間に、一人の内気で春を思う女の子を正確に再現した。

「離魂」一折は更に素晴らしく、初めの一文“人間何物似情濃(この世には情より濃い物はない)”から最後の一文“但願那月落重生灯更紅(願わくは、月が落ちても再び生き返れるように)”まで、一言一言に深い情が含まれていて、この時の杜麗娘は完全に,病気の体を支えにくい様子で、彼女の憔悴や力のなさは、舞台上の春香を演じる俳優をそれに感動し(本当に涙がキラキラしていた)、舞台の下の人達も絶えずしゃくり上げ、舞台の上と下で、濃い悲しみの中に浸っていた。――この「離魂」の歌詞を私はよく知っているわけではないが、完全に彼の演技に引きつけられて感動して……

『牡丹亭』の異なる公演のバージョンを見てきたが、しかしながら、“アマチュア”の坂東玉三郎の公演は、こんなにも他の人の薄っぺらさを感じさせられた。坂東玉三郎は「遠くから眺めても近くから見てもみな杜麗娘を彷彿とさせる」とも言うべきだが、私達の俳優達は、ただ「演じている」だけ! 役を演じることと自分を演じることとは、天地の差!

坂東玉三郎の『牡丹亭』は已に何度も演じられているというが、もちろん主に日本でのことである。
インターネットから探した写真や動画から見ると、蘇州行の公演では、舞台は最も簡素で、舞台上は(中国伝統劇の伝統的な舞台装置である)一つの机と二つの椅子以外に、他のものはない。後ろの背景は天幕には特に何も飾りもない。先の数幕にたまに少し花模様のある白い薄い幕も含めて、全体的な色彩は、真っ白か、もしくは真っ黒か、純粋なことその人と同じである。華やか(な舞台装置)を見慣れた私達には、目の前がすぐ凛として、たちまち、清々しい感覚に至る。このような舞台は『牡丹亭』のストーリーに適切であり、更に私達が観劇に注意力を集中させるのに有利である。

坂東玉三郎の『牡丹亭』は、一部の場面の楽器に、簫を加えた。本来の形らしくないと異を唱える人もいるが、私のようなミーハーは違う見方で、簫の音色の、幽遠な怨み、広々としたさま、更に少しもの寂しいところは、まさにストーリーに合っており、ストーリーが描く雰囲気を突出させて、一分の隙間もなく、大変感動的である。

私は昆劇の真髄のありかがこのような感覚を与えるのかどうか知らないが、一つの机に二つの椅子という伝統は誰でも知っており、ただ業界人が功名心にとらわれて、むやみに新しいものを作るものだから、目がちかちかするような現状を招いているのである。しかし、もしも私の感覚が間違いでないのならば、かえって人を傷心させ、ひいては気まずい思いをさせてしまうだろう。私達の伝統劇の、真髄の再現は、自分達自身にあるのではなく、一人のアマチュアにすぎない異国の芸術家の身に存在するのだから。

総じて言うと、

姑蘇凝睇看坂東,    姑蘇にて目を凝らして坂東を見れば、    
月落重生灯再紅;    月落つるも重ねて生じ、灯再び紅くならんことを。    
挙手投足自羞怯,    挙手投足、おのづから恥じらいを帯び、    
最是回眸春波動;    最もなるはこれ、回眸して春波の動じるとき、    
遠観近覷皆儼然,    遠くより眺め近くより見ても皆彷彿たり    
誰信麗丽娘客串中?! 誰が信ぜん、麗娘の客串の中たらんとは?!

(詩の訳:蘇州で目をこらして坂東玉三郎の「月が落ちて自分の生が終わっても再び生き返って命の灯を赤く燃やせるよう」と唱うのを観劇した。彼の一挙手一投足は、自然と恥じらいを帯びており、一番感じたのは振り返って視線を送った時で、遠くより眺めても近くから見ても、いずれも杜麗娘を彷彿とさせた。杜麗娘が客演の俳優の中にいるとは誰が信じるだろうか)

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3月 27, 2009

人民ネットの訳ができました。

この数日、必死になってやっていた、玉三郎さんのインタビューをようやく訳し終えました。昨晩(というか日付はとっくに今日になっていましたが)中国語の新浪ブログの方に、アップしました。玉三郎さんがお話になった部分をはじめとして、日本語で話された部分は日本語もつけておきました。ご興味のある方は右側にあるリンクから、「紅娘60的新浪博客」にアクセスして見て下さい。

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3月 25, 2009

中国のブロガーの感想を

玉三郎さんの『牡丹亭』蘇州公演は、北京公演とは比べものにならないほど反響が大きく、実際に蘇州で舞台を見た人の感想も、多くブログにアップされています。

そのうちで、私が「これは」と思ったブログが二つあります。

一つは王珮瑜という、ここでも何度か話題にした、上海京劇院の女性の老生京劇俳優さんの感想です。(ちなみに彼女は映画『梅蘭芳』で、チャン・ツィ・イーの京劇の吹き替えをやっているそうです) 

http://blog.sina.com.cn/wangpeiyu

彼女は私がこれまで見たブログの中で唯一、玉三郎さんの化粧法が梅蘭芳の化粧法であることを指摘し、さらに「きっと玉三郎さんの心の中には梅蘭芳が住んでいるんだと思う」と指摘しています。さすが自身も男性を演じる女性だけあります。一度見ただけで、これだけのことが言えるのですね。

彼女は売れっ子の俳優さんなので、彼女のブログに直接連絡をすることは差し控えたいと思うので、こちらの方ではなく、もう一人のブロガーさんの文章を紹介したいと思います。

「浅斟低唱」さんのブログの文章です。

http://blog.sina.com.cn/s/blog_497eb3610100c4m3.html

この方とは全く面識がありませんが、ブロガー同士ということで、連絡を取りまして、この文章を日本語に訳して、日本の玉三郎さんファンに見ていただきたいということで、既に了承を得ております。文語的な表現もあり、訳しにくいのですが、なんとか訳してみたいと思います。現在、まだ人民ネットの訳に手こずっていますが、乞うご期待!

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2009年3月8日『思凡』『清風亭・望子』『覇王別姫』感想

2009年3月8日  『思凡』『清風亭・望子』『覇王別姫』 午後二時開演

@国家京劇院実験劇場暢和園 国家京劇院二団公演  

この日は異なる三種の芝居を上演する「折子戯」(日本でいう「みとり」)と呼ばれる形式の公演でした。そのうち一つ目の『思凡』と三つ目の『覇王別姫』が劉錚さんの舞台で、真ん中の『清風亭・望子』が別の俳優さんの舞台でした。

劉錚さんの『覇王別姫』は滅多にやらないので人気が集中したのか、8日のチケットは7日よりも更に売れ行きがよく、異様に値段が高い最前列のお茶席数席しか残っていないという有様。私はそのお茶席の一番真ん中に座ったのですが、ソファが大きすぎて困りました。後ろにもたれると体が後ろに行きすぎて舞台が見れず、良い席であるがゆえに座り心地が悪く観劇に不向きという、中国のお茶席にありがちな矛盾を抱えながら、開演を待ちました。

Img_3167sz 一つ目の『思凡』は昆曲で、劉錚さんの一人芝居です。若い尼僧が修行の日々に飽き、普通の女の子に戻って結婚したいと願う心情を、踊りながら唱う演目で、日本公演でもたまに上演される『双下山』の前の部分に来る話だそうです。可愛らしい仕草が多く、見ていて飽きませんが、最前列は舞台に近すぎる上に、劉錚さんが始終動き回るので写真が撮りにくく、この演目を初めて見る私は動き回る劉錚さんを見ながら字幕で唱っている内容を確認するので精一杯でした。見ている私も余裕がありませんでしたが、おそらく劉錚さん自身もこの演目をやりこなしているという段階まではまだ行っていないのでは、という印象を受けました。とにかく忙しかったのですが、全体的にかわいらしい感じが良かったと思いました。

2つ目の演目は『清風亭』です。馬連良が得意とした演目として有名なのだそうですが、最近はほとんど上演されないそうです。私は十年ほど前に、京劇ではなく河北梆子でこの『清風亭』を通しで見たことがあります。それ以来だったので、実はこの演目も楽しみにしていました。その期待を裏切らないどころか、期待以上の素晴らしい舞台でした。

8日のチケットの売れ行きがこれほど好評なのは、誰が考えても劉錚さんが出るからで、この『清風亭』は劉錚さんの舞台ではないので、言うならば「ちょっと休憩」という感じに思っていた観客も多かったようです。合間に休憩がないので、1幕目が終わるとトイレ休憩に席を立つ人も多く、実験劇場の座席は移動式になっているので、誰かが移動するとかなり音がして、しかも座席が揺れるという代物。かなりざわついたのですが、『清風亭』が始まって老旦卒楊の登場は、そのザワザワをかき消すかのようなオーラを放ち、劉錚さんが作った華やかな空気から観客を一気に『清風亭』の空気に替えてしまいました。

子どものいない夫婦が捨て子を拾い、懸命に育てるも、十数年後にその子の実の母だと名乗る女性に清風亭で出会い、その子を連れて二人の元を去ってしまった。それから幾歳、貧乏な老夫婦は自分達が育てた子どもが今はどうしているかと涙に暮れるという話です。今回演じられたのはこの部分のみで、この後に、その息子が役人になって二人と再会するが老夫婦のみすぼらしい身なりに彼は他人のふりをしたので、老夫婦は憤って自害するという結末が控えています。

Img_3193ssz 老夫婦が本来なら自分達の老後の世話をしてくれる子どもがいないことを嘆き、懸命に育てた拾い子と別れた時のことを思い出して涙に暮れる時、その二人の唱を聞いていると、いつの間にかこみ上げてくるものを感じました。一番前の真ん中で、しかも俳優さんと数メートルという至近距離に座っていて、泣くのは恥ずかしいと思って、ずっと我慢していたのですが、老夫婦がクライマックスに近づくにつれて、舞台中央、つまり私の目の前に近づいてきて、その情を切々と歌い上げるのです。こんなに自分達が育てた他人の子を思っているのに、この後で、この老夫婦はその自分達が育てた息子から育ての親と認められずに無視されて、怒りのあまり自害することになるのです。私はかわいそうでかわいそうで、いつからか泣くのを我慢できなくなっていました。しかも目の前の二人をじっと見ることもできず、うつむいたまま肩を揺らしてしゃくり上げていました。しばらくして「写真を撮らないと」と思って、カメラを手にした時に、老夫婦を演じている俳優さん二人も、おそらく無意識ながら涙ぐんでいたことに気づきましたが、そうした二人の涙目とは関係なく、私はおそらく初めて舞台を見て大泣きしてしまいました。この後『覇王別姫』で劉錚さんが出てきても、しばらくはまだ『清風亭』の余韻の中にいました。

『覇王別姫』のあらすじは言うまでもないのでいちいち書きませんが、この皆さんお目当ての舞台に、劉錚さんは見事な舞台を見せてくれました。これまでいろんな俳優さんの虞姫(虞美人)を見てきたのですが、全体的に唱ばかりに専念して剣舞など唱以外の部分があまり良くない俳優さんが多いという印象がありました。ところが劉錚さんのは特に剣舞が非常に良かった。敗戦間近の戦況の中で踊る虞姫は悲しさを秘めながらも項羽に悟られまいと努めて笑顔で舞うというのが心情だと思うのですが、それが劉錚さんの舞台にはとてもよく感じられました。他の俳優さんの舞台ではそこが感じられないものが多く、おそらく今の演技の主流は後者の演じ方にあるのではないかと思うのです。それが劉錚さんの剣舞は悲哀が感じられて、かつ美しかった。それがおそらく『覇王別姫』本来の脚本が描いていた虞姫ではないかと思います。劉錚さんは基本は張派ですが、『覇王別姫』は梅派の先生から習ったのだそうです。劉錚さんの話では『覇王別姫』は張派でも梅派を基本にしているのだそうです。この辺りのことは私にはよくわかりませんが…  

Img_3219sz 『覇王別姫』の剣舞の辺りから会場に立ちこめた、昨日の『玉堂春』とは少し違うも、やはり一種の高揚感は、張建国さんの舞台から感じるものは明らかに別種のものでした。他の京劇の舞台で、私は感じたことがありません。玉三郎さんの阿国の舞台を見た時に感じたような高揚感に少し似ていました。これも男旦(女形)である劉錚さんの舞台だからこそ、そして実験劇場という舞台と観客との距離が近い劇場だからこそ作られるものなのでしょう。この時間、この雰囲気を味わえて良かったと心から思いました。  

実は今年6月に来日する天津青年団の趙秀君が、典型的な唱に専念するタイプの女優さんだけに(唱は上手いのですが)、劉錚さんの『覇王別姫』を見た後で、6月に趙秀君の『覇王別姫』を見ることにためらいを覚えて、今困っています。

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3月 24, 2009

ただいま人民ネットでのインタビューを訳していますが…

坂東玉三郎さんの人民ネットでのインタビューは、人民ネット日本語版のHPからも視聴することができます。

http://j.peopledaily.com.cn/95952/6615723.html

昨日からこのインタビュー番組の完全中国語版を作っているのですが、これがけっこう手間のかかる作業で、約1時間の内容のうち、まだ18分ぐらいしかできていません…

インタビューの内容が文字に起こされているのですが、全部の内容が文字に起こされているわけではなく、更にやっかいなのが、玉三郎さんがおっしゃっている内容と、通訳の人が訳している内容がかなり違うことで、それをなるべく逐一書いているので、手間がかかります。先に中国の新浪ブログの方に出来た分から掲載しています(もちろん中国語の方です)

日本語に訳すと日本の玉三郎さんファンから大ブーイングが出るような誤訳の連続(誤訳を通り越して創作に近い部分も……)なので、中国のファンの方に、玉三郎さんが話したことをなるべくきちんと伝えられればと思っています。

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3月 22, 2009

3月7日劉錚『玉堂春』感想

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3月7日と8日の二日間は国家京劇院の実験劇場では珍しく、劉錚さんが主役をつとめる舞台が2日間も続く「専場」(一人の俳優の舞台を一日か数日まとめて上演する公演)とも言ってもいい公演でした。 これが組まれるほど劉錚さんは今売れている俳優さんである証拠で、チケットの売れ行きも同時期の公演と比べてダントツに良かったらしく、私も危うくチケットが手に入れられなくなるところでした。
当日、会場に入ると、通常の京劇の舞台では珍しいほどの強い熱気に包まれていました。普段の京劇公演よりも若い人が多いように思えました。欧米の取材の人が2人来ていて、ほぼ満員の観客席の中で小型ビデオを設置する場所を探していました。

小さい実験劇場では、通常の京劇公演で使われるピンマイクを使わずに、マイクは舞台中央に設置されたもののみを使うことになっています。たまに声が後ろまで届きにくい俳優さんもいるなど、普段ピンマイクに慣れている俳優さんの本当の実力が知れるのですが、劉錚さんの声は声量があり、後方に座っていても非常にきれいに聞こえました。

『玉堂春』は張派でも梅派でも程派でも演じられる旦角の代表作です。妓女(日本で言う芸者)だった蘇三が身請け先で正妻に夫殺しの罪をなすりつけられ、死罪判決を受けるのですが、再審されることになり、移送される道中を描く場面が最初の「起解」(「女起解」とも言います)です。

「起解」は蘇三と、彼女を護送するおじいさんの二人芝居。おじいさん役の徐孟珂は若手の丑の中では非常に優秀な俳優さんの一人ですが、この役を演じるにはまだ経験が必要なように見受けられました。一年前に見た呂昆山さんで見たかったと思いました。

その後、再審の審議の場を描く「会審」になりますが、そこで再審を下す役人が、彼女の昔の馴染み客だった王金龍であることがわかります。 騙されて身請けされて、その上身請け先で冤罪を着せられ死刑判決を受けて苦悩の日々を送る蘇三ながらも、王金龍との昔の経緯や彼への思いを語る時には、昔は妓女であった艶やかさがにじみ出ます。

劉錚さんは私がこれまでに見たどのお芝居よりも、一段とものすごく美しくなっていました。私が見れない舞台でも、ネットに掲載された写真などはチェックしているのですが、私にはそのどの写真よりもきれいに見えました。自分が撮った写真を確かめましたが、あの美しさを写し取ることはなかなかの至難の業でした。実物では違うのです。しかしやはり一つの舞台毎にどんどん進化しているように感じられました。京都の『牡丹亭』の時は、蘇州昆劇院の中に一人だけ京劇俳優が混じって昆曲を唱うという、どこかアウェーな部分も感じられたのですが、この実験劇場は国家京劇院の若手の公演が主ということもあり、自分のホームグラウンドで自分の得意な演目をやっているという感じがしました。そして『牡丹亭』を契機に、劉錚さんは自分が男旦としてやっていくことに自信をつけたのではないかと思いました。

梅蘭芳が有名な日本では、京劇で男性が女性を演じることはむしろ常識ですらありますが、今の中国では変態扱いされることも少なくありません。それほど劉錚さんは文字通り荊の道を歩んできておられるのでしょう。

あと、この『玉堂春』はとても自信を持って唱っているように見えました。とにかく唱が張りがあって美しく、私は今の若手の俳優さんの中では、トップレベルの、かなり良い線をいっているのではないかと思います。また女優さんが高音を唱う時に感じるキンキンした音が、男性である劉錚さんの唱には全く感じられず、私はとても聞きやすく思います。現在の京劇の旦角の基礎を作った四大名旦がすべて男性であることからも、もともと女性特有のキンキンした高音は京劇本来の音ではないはずです。女優さんでも唱が上手いベテランは高音でキンキンすることはほとんどないのですが、若手や中堅になると大概はキンキンしてしまいます。それが私はどうも苦手でした。劉錚さんの唱は、声量があってもそれがなく、私はそこが好きです。

褒めてばかりいますが、劉錚さんにも、特に後半の「会審」の部分で、少し仕草に堅いところが見受けられました。旦角の十八番とも言われる演目ですから、唱や芝居そのものについては、他にも優れた人がいると思います。しかし、何よりも突出していたのは、観客席全体を包み込むような独特の高揚した空気でした。 それは劉錚さんの舞台姿の、男旦(女形)特有の艶やかさが作り出しているものではないかと思います。これはどんな大物でも女優ではけっして作り出せないものではないかと思いました。この公演は、二十一世紀になった中国で、男旦がアマチュアとしてではなく、プロの俳優の芸として、ようやく再び日の目を見始めている証左であることを私が感じ取るのに十分なものでした。

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3月 21, 2009

北京での舞台写真などは

北京での舞台写真などは中国のブログのほうに多数載せています。中国の新浪ブログの方が、写真などを貼り付けるのが楽なのと(逆にいうとこのブログが写真を貼り付けにくいのですが…)、中国にも日本以上に劉錚さんファンはおられるので、その方々への報告も兼ねて、先に書いています。たくさんの写真を見たい方は、横のリンクから中国語で書いているブログの方にアクセスしてみて下さい。

玉三郎さんの牡丹亭蘇州公演の話題も中国のブログの方に早く載せていることが多いです。正直言って二つのブログの更新に手が回らない状態です。ご了承ください

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3月 20, 2009

玉三郎さん、人民ネットに登場

私が北京から日本に帰国した3月17日に、坂東玉三郎さんが中国の人民ネットのインタビュー番組に出演されたようです。以前、張建国さんが中国のヤフーネットのネット中継に参加されたことを紹介しましたが、今回玉三郎さんが出演されたのは全く同様のイベントです。

現在でもその模様をインターネットで見ることができます。

映像のあるページ

http://tv.people.com.cn/GB/14644/8970734.html

放送された内容が、字で起こされている(文章になっている)ページ

http://ent.people.com.cn/GB/98772/98779/149017/index.html

人民ネットのトップページから直接つながっていて、玉三郎さんの蘇州公演の写真などが掲載されているページ

http://ent.people.com.cn/GB/8993763.html

玉三郎さんの日本語を中国語に訳す通訳の方が(同時通訳という難しいことをされているので仕方ないことですが)、たまにですが、玉三郎さんが話された内容と少し違ったよ うに訳されているところがあり(おそらく通訳の人自身が、京劇や昆曲に対する知識が少ないことから)、靳飛さんが訂正されたり、通訳の人が訳しきれなくて靳飛さんが代わりに訳してあげる場面もあります。専門的な話すぎて、仕方のないことではあります。

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劉錚さんの『覇王別姫』

劉錚さんの『覇王別姫』は、今回の公演でも一番の注目を集めていたようです。一番はじめの『思凡』もなかなか良かったのですが、その後の劉錚さんのお芝居ではない『清風亭』が予想外の素晴らしい舞台で、その素晴らしい演技に興奮しきった観客の前に、劉錚さんは『思凡』とは全く違うキャラの女性の虞美人(虞姫)として登場しなければなりませんでした。でも劉錚さんの虞姫は私達の期待以上の出来で、本当に素晴らしかったです。

感想はまたちゃんと書きたいと思います。とりあえず写真だけ…

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3月 19, 2009

劉錚さん『玉堂春』蘇三の舞台写真

京劇のチケットが売り切れることは、まずないのですが、劉錚さんの舞台のチケットは売れ行きが良く、ほぼ完売状態でした。若手俳優の中でこんなに売れる俳優さんは他にいるのかしら?

会場は京劇の舞台には似つかわしくない熱気に包まれていました。満場の期待を一心に集めて登場した劉錚さんは本当にきれいでした。声量があるので、声も通っていて聞きやすく、とても良かったです。感想はまたちゃんと書きたいと思いますが、舞台写真を幾つか…

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3月 18, 2009

北京に行っておりました

3月5日から17日まで北京に行っておりました。パソコンを持っていかなかったので、その間にコメントやメールをくださった方には、コメントの公開やメールを拝見するのが遅くなり、ご迷惑をおかけしました。

航空券を予約した当初は、玉三郎さんの『牡丹亭』を見に行ければと思っていたのですが、北京が大好きなもので、結局ずっと北京に居続けてしまいました。

公演の報告なども、ぼちぼちして行きますので、お楽しみにwink

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3月 03, 2009

蘇州での記者会見の写真

姑蘇晩報の記事です。昨日の午後蘇州で行われた記者会見の写真を貼り付けます。

http://www.sz.js.cn/web/news/localnews/253349.shtml

蘇州昆劇院の蔡院長が会見でおっしゃるには、玉三郎さんは蘇州に来てから、すでに「杜麗娘になっている」そうです。

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3月 02, 2009

玉三郎さん蘇州入り

玉三郎さんと蘇州昆劇院の中日版『牡丹亭』の会場になる蘇州科技文化芸術センターのHPに、2月28日夜の記事として、玉三郎さんが同センターを視察したというニュースが載っていました。めんどくさいのでそのまま貼り付けます

http://www.sscac.com.cn/files/html%5CArticle%5C20090228%5Ce162626c-3700-4871-9a08-34658fb4455d.html

3月13、14日,日本国宝级歌舞伎大师坂东玉三郎将联手江苏省苏州昆剧院,在科文中心联袂演出中日版昆曲《牡丹亭》。今天下午,这位“日本梅兰芳”抵达苏州未作片刻休息便直接来到科文中心亲自考察舞台设施。

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坂东玉三郎一行首先来到了演出场地——科文大剧院,坂东先生详细地询问了舞台设施,并进行了走场和试音。现场的音响、灯光都令坂东先生非常满意,他由衷的表示,科文大剧院非常棒,跟他演出过的世界顶级剧院相比毫不逊色。坂东先生唯一的担心是科文大剧院的舞台比较大,在如此大的空间里演绎昆曲,与观众的沟通可能会比较有距离感。因此在接下来的排练中,他将重点考虑这一问题,尽力使演出发挥到最佳状态。

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在参观科文过程中,坂东先生每到一处都很详细地去了解,由此可见这位对昆曲倾心的艺术家不仅在念白、唱腔上字斟句酌,而且在每一细节中均体现了他对艺术的严谨态度。最后,他也表示,非常期待在苏州的公演,希望这台戏能够经得起昆曲的故乡的检验。

マイクが見えるので、テレビの取材が入っていることがわかります。日本か蘇州の地元のテレビ局かどうかはわかりませんが…

科技文化芸術センターのHPのトップページは以下のアドレスです

http://www.sscac.com.cn/

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3月 01, 2009

「レッドクリフ Part2」を見ました

またまた悠視網を使って、まだ日本で公開されていない映画「レッドクリフPart2」(中国語では「赤壁(下)」といいます)を見ました。

Part1が、映画の題名で『赤壁』といいながら赤壁の戦いに入る手前で終わっている「ぼったくり」だったのに対して、Part2は、曲がりなりにも赤壁の戦いを描いています。Part2だけ見てもかまいません。ただ描き方が、なんというか、よくない意味で漫画的で、「そんなことあるわけない」ということがしょっちゅう出てきます。

中国では「レッドクリフ」よりも早くに公開されている、アンディ・ラウとサモ・ハン・キンポー主演で趙雲が主人公の三国志映画『見龍卸甲』(日本語の題名は『三国志』といいます)が日本でも公開されていますが、そちらの方が全体的に出来は良いと思います(これも悠視網で視聴できます)。まあ好き好きですが…  映画『見龍卸甲』は、なんとなく黒沢映画を意識して撮っている感じがしないわけでもありませんが、脚本に統一性があります。(逆にいうと「レッドクリフ」の脚本がひどすぎる)

どの映画にも三国志的におかしいところがあるのは仕方ありませんが、そもそも三国志にはCCTVの三国志演義という決定版のドラマがすでにありますので、三国志を原作に即して撮影する努力はするだけ無駄なのです。どこに力点を置くかがポイントですが、「レッドクリフ」はその力点がどこにあるのかわからない感じがします。

ネタばれしなさそうな限りで、Part2の感想を羅列してみますが…

*Part1で、出番が少なく、しかも青二才扱いされた、かわいそうな孫権は、今回はかなり画面に映っています。

*周瑜は出番が多いわりにあまり印象的ではありません。孔明もしかり。劉関張三兄弟にいたってはほとんど存在を無視されています(これは仕方のないことでしょうが) そんな中にあって、我らが中村獅童はご先祖の血を受け継ぐ歌舞伎顔で、数少ない登場場面でも、しっかり存在をアピールしています。

*日本の時代劇のべたなシーンに、お殿様か代官が腰元か、かっさらってきた町娘の帯をぐるぐるほどいて、女の子がくるくる回るシーンがありますが、それを彷彿とさせるシーンがあります。いくらなんでも「お殿様、おやめください~」と言いながら回るわけではありませんが、たぶんこのシーンはPart1のベッドシーンに匹敵する男性観客へのサービスカットとして位置づけられている可能性が大なだけに、少しがっかりです。サービスカットを期待する趙微ファンには同時期に中国で公開され人気を博した『画皮』という映画をオススメします。趙微は『画皮』の方が評価が高いです。

*中国で有名な俳優佟大為が、趙微がやっている孫権の妹、尚香と関わりのある人物として、Part2になって初めて登場し、けっこう比重の高い役を演じていますが、本来の三国志には登場しないオリジナルの人物であるために、Part2のHPにも全く紹介されていません。

*小喬の描き方は明らかにおかしいです。女優さんのせいではなく(彼女はがんばっていると思う)、脚本、演出、カメラワーク、配音(セリフの吹き替え)すべてがおかしい。

*京劇を知っていると、「ここで京劇の借東風を表しているんだな」ということが(細かい動作ですが)わかります。

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